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夢の盂蘭盆会   村松仁淀

蓋し武門の天下を統治すること、是に至りてその盛を極むと云ふ
                                ――頼山陽『日本外史』



Ⅰ.

「……散開した農民軍の血に飢えたる鋤や鍬
義憤とは何ぞや、国家とは何ぞや、
白い鉢巻が赤く染まり、斃れた子供に
野良犬は集る――見ていたのだ、一部始終を、
士族のエートスの終焉を――」

盲目の琵琶法師はここまで唄い息を継いだ
誰かのガムを噛む、クチャクチャという音が
耳障りに響き――ぼくは――時計を見る、
昼過ぎだ、店屋物でも取ろうかしらん、ぼくは
チラリと横を見て、啜り泣く妻の姿に
気づくのだ、どうしたどうした、おい、
ハンカチが涙でぐしょ濡れだ、どうしたね、
声をかけようとしたそのとき――再び
琵琶法師は語りだす――「かえるの子は
かえる、さむらいの子はさむらいで
ありますゆえ、ただに討死とは申しましても

それなりの行儀がございます」ここは白河か、
壇ノ浦か、耳を澄ませば石臼を挽く
単調な音が続いているが――ぼくは全然
落ち着かず、寄せ木の仏像の虚ろな眼を
さっきからぼんやりと眺めている――

「……そこで雲衝く美丈夫の、栗毛の馬に
跨って、下郎が直れい、大喝し、」先ほどまで
静かに座っていた年寄り連中なのだが
それがやおら立ち上がりどよめいたものだから
こちらの腰が抜けてしまった
(年寄りというものは案外俊敏なのである)
ディス・イズ・ジャスト・ア
モダン・ロックソング、だけれどもここは
ライブハウスじゃない、場所をわきまえろ
妻の喪服に涙が乾き、それが塩の粉なんか
ふいていて――ディス・イズ・ジャスト
ア・モダン・ロックソング、場所をわきまえろ

ぼくはいったいこんな古寺で
いつから線香臭い夢のなか、いつまでも季節は
夏の盛り、汗ばんで、苛立って
いつからおまえたち――やめなさいってば――
「……かたびらの打ち当り擦れる音、重厚なる
コントラバスとチェロと地団駄、貴人は
手綱を繰って、敵陣のさなかへと
踊り込む――わっと湧き上がる喚声!民衆の
弱さを憎む声!」ぼくは、いい加減にしろ、
言ってやろうかと思ったが、ぼくは座っていた


Ⅱ.

冬――音がない
目覚めてしばらくじっとしていた
風呂に入らねばなるまいけれど
洗濯を怠ったので下着がない
ぼくの周囲からはさまざまなものが
消えていくようだ――いつの間に
貯金も底をついた――

ふわり、と体が宙に浮き――
また琵琶法師がやってくる
一の女御に追われている、ぼくが
助けてやらなくちゃ
ぼくが


Ⅲ.

「……何千万の厭味に曝され、何千万回
泣いたことでしょう、それでも私はひたむきに
端正な芸術を探し求めてまいりました」
茶を淹れてすすめても、口をつけすらせず
法師は、睨むようにして土壁の一点へ語りかけ
ベン、ベン、べベン、ベン、と琵琶が鳴るから
ぼくも切なく、もう出口なしだという気がする

ひとの心は水ものだ、あるときは義に厚く
あるときは幼子を縊り殺し、またあるときは
仏性の顕現、五蘊に華咲き――べべベン、
襖はバッと開いて、白砂松の木遠景の富士の
ティピカルな、ある意味トロピカルな――
ぼくたちは切ないが、とても偏ったどこかで
永遠にお互いの味方だから、どうか
泣かないで、どうかぼくを信じて

この霊感がエオリアの竪琴を揺らすならば
かれの技術も反旋するだろう(それが
旋律の呼称の謂れだ)不思議なことに
悲しみが、ひとを恋へと導くのである――
そしてクピド、エロース、アフロディテ、
それらの類型は異性愛を限界まで俗化し、
グロテスクな市井の営みが芸術家をポリスより
追放し、ぼくと、盲目の琵琶法師と、
ヘリコンの山に登り泉から水を汲み、さあ
行こう、獣の皮を被って
夜通し駆けるのだ
一の女御が迫っている
きみの詩はまずい
あまりにも政治的だ
今はひとまず町の灯の反対側へ
夜通し駆けて逃げるのだ、さあ、さあ、
ぼくがついている、どうかぼくを信じて

思い出のなか、警報が鳴り響く
そっちに行くなそっちに行くなそっちに行くな
よくある話だ
そしてぼくには何もかもが虚構じみている
ぼくを信じて、ぼくは無謬だから

「……何千万の死霊がすがりつき、私に
言うのです、こっちへ来いそっちに行くな、
私の気持ちは弱いので、ただ泣きただおそれ、
ただあなたを待っておりました」帰りの
新幹線は二十時三十五分、こだま六十六号
品川行、ペテンのような、インチキのような
そうした夢ならばここで終わりなさい
ぼくは命ずる、そして足の埃を払い、去る
この偽りの盂蘭盆会を、ぼくらは永遠に辞す


Ⅳ.

ディス・イズ・ジャスト・ア
モダン・ロックソング――たぶん
そうだよな、トンネルの多さに
感謝しながら、くたびれきった妻の寝顔は
まだまだね、出会ったころのあの日のまま、
まだまだモダンね、モダン焼きのモダンね、
読経しながらぼくは生きているのだぜ
窓ガラスに亡霊の手が張り付いているぜ――
気をつけろ、いつまでもぼくのそばにいろよ
ぼくはいつまでも無謬で
いつまでもずっと、きみの味方だぜ



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