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帽子、白線、沈黙――ハーマン・メルヴィルは彼女をどう?     大野南淀

天気の白い線に
刻み目が
入り、気持ちの
荒んだ男が、帽子
を目深に
かぶり、魂にまで、中国にまでも深く
降りてゆこうとする男たちの
ひさしを、殴り落としていく その
先には、港がある。穏やかな護岸の上に
誰かの穏やかな目が窓を、
開く。男に値札はぶらさがっているのか?
おれには分からない
おれには分からない
何も持っていないからだ
札束に興味が持てないほどに
穏やかなのか…

  湖的大海
  如女額動
  不波立静
  泥水寧清

帽子を買いに行く
途中、点線の
向こう側の運転手が、
貴族的にタバコをほうり捨て ぺこりと
頭を下げておれは性別を 捨てた
性別を取り戻すために
おれは帽子を買いに行く
はずだった はずだった
未来が おれに性別を与え
人間を奪っていく
シンプルに
シンプルに

帽子を買いに行く男女は
いつも無言だ
無言の中で何かに蓋をしている
彼らが買う帽子の窪みは
空気が今、詰まっているが
真空になる 
気をつけなさい
真空になる
同量の空気が、帽子で
カバーしきれない頬と唇に
吹き付けられるだろう
何かが追いかけてくるとしても
何かが追いぬいていくとしても
それはとても良いことだ

意味のない値札がたくさん埋められた
太平洋にたくさん浮かぶ墓標のように埋められた
綿花畑はとても白くて
だから 白くないところが
目立つ とても良いことだ
帽子を発明した奴は、今、
孤独に興味をなくして、今、
一人っきりで綿花畑の中で寝転がっている
とても罪深いことだ
とても罪深いことだ
おれが買う帽子には
ポリエステルが黙りこくっている
帽子を買おう
それは悪くないことだ
きっと悪くないことだ




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捕囚と鶏肉――バビロンではなく     大野南淀

アメリカ

には
アメリ
カ を 分かる
余地があるのだろうか?

八丈島に生まれた素朴な青年が石原吉郎を真似て作ってみた詩である。
いい詩である。
すごくいい詩である。
インテリはむしろ永井荷風やトクヴィルの影響をそこに認めるだろう。
だが、おれはむしろ
鶏肉を頬張る
アメリカ人の
頬の
アメリカへの
影響をそこに認めたいのである。

だが、諸君!
ペダルが逆向きに
回る。 ペダル
の上に自転車が、
革命を歌うものだろうか?(いやおれは口を開くまい)
クラリッサは 日記を
リッサという名で
つける。 消えたクラの方は、
日記の革表紙から
飛び出て 生きいている。 まったく
いつになれば就寝時間なんだろう、
くだらない話である。
牛がうんこをしている。
草からいきなり樫の木が育つだろう。

革命などに興味がないから、
おれは 生粋のベイビーである。
茶坊主になって、
そう セックス茶坊主ども
を横目に 保守的に 保守的に
ティーポットでコーヒーを作ってみた。
苦い。 クラリッサは片目を閉じる、
閉じなかった片目が
今度はリッサと鉢合わせる。
ペダルが正しい方向に、
回り始める。 実に愉快である。
クラ。 リッサ。 おやすみの呪文である。
そうでもしなければ、
明日の伐採作業で足が凍るだろう。
転がる丸太が足首を折るだろう。

D・H・ロレンスは、
アメリカ文学は子供の文学だ、
と激賞した。 心から。 すると、
アメリカ

には 煙たがられた。 それで、赤い月が出た晩にふと、
メキシコをアメリカと思うことにした。
アメリカにメキシコがなったら、
今度はアメリカが
大人になった。
これはテキサスではとても有名な話である。
簡単な話だ。
テキーラでステーキを焼けばいいのである。
そうして、草が燃える。
樫の木も燃えた。
牛のうんこは燃えず、
クラリッサは焼畑農業を学びそこなった。
コーヒーを淹れよう。
クラ。 リッサ。
長い時間がたった。
5年ぶりのあいさつにはこんな呪文がいいだろう。





いけない森   大野南淀

ここのところコーヒーが洪水のように、
駈け回るんだが、ちょこちょこと器用に眠る  
旅人も人一人立つ切り株がなかなかね。
説教に福耳を澄ませて敬えば、身長差
ほどしか熱を持たない。それなら俺がと
背を閉じて。隆起する草ありえましょうや、
 もし山中の鹿が反抗を嘶くのならば、 

乳癌の叔母を励まそうと、電話口、
幸せな旅行の思い出が宣告される。
すると叔母は今際の際に私の名。
椅子に佇む彼の前で。祈る心が強すぎれば、
信じる力が弱くなる。そんなことは、
確かにあり、いろいろあったその昔が、
 危ない森を乗り越えていつかの海へと、

そして俺は並べるのさ。
椅子を見えるように木々の切れ目に、
円形に、そして、中心の炎は、
慎ましやかなビールが燃やすだろうよ。
その脂肪のどこを突いても跳ね返りはしない
グラスはきらめき、空を本当に焦がれる。
 優しくならなきゃならない。絶えて。


愁嘆場   大野南淀

1.オールバック、その発生と構造

美人
というのだろうか
それとも処世とでも
いっておくべきだろうか
浚わずに
追い抜かずに
川を渡る風がある
触ってみる
スカーフがはためく

こういう時に 所詮の
間合いが難しく
欄干なんぞがのっけるには
あなただって別れたのだから
分かるでしょう、お父さん
と言ってきた口であり こちらも
そんな口に今しがたなってしまったから
それを飲むしかあるまい
走れ、所詮 二次資料も後れずにな
鬢付け油がとても匂う

そうこう詮索、宗教劇〈山格好〉
今は自分がないから
むしろないことこそ 薪能だから
告解しなくとも
ちょー人間関係ですよね
そーっすね(さすが意味付け、不衛生)
だから引きつる小屋は
自動的に
立て看板とされ
する方 される方 冗談でしかない
箆にはがされたおコゲは
馥郁とし 甚く救われていたのだから
言ってみればとってもヒューマニズムなのだ
ヒューマンではないだけで
山から来た額があって
つるっとしている

女の人を動かす自転車も絶世である
ペダルからはみ出た爪などが 劇場の
動かない背中を逆向けになでる
こちらもまた関係だ
この風はかわゆく
足場の難しい処世なのだ

2.話は逸れるが、千本桜

膝まずくと
膝が痛い
もっと丁寧に言うならば
膝蓋上包が
感じているのだね
きっと、水がいい具合に
細い糸に引かれて
そこから育っていくのだろう

そこではどのような波が風を
ございましょう
などとほざく悪源太は
掻き分けるのも所詮であるから
劇中カットに
ほうりおくのだが
ここで 一段飛ばしに ぴょんぴょん 
跳ねてくるもの
笑顔で 再会したがるもの
〈五次資料〉である
ここまで水がたまると
かえって奥ゆかしく澄むのだよ
見晴らしがよい
麓も見える

無用であった舞台では
いつかのオルガン弾きが いつまでも
転調しないエンディングテーマ
〈ヒューマンだもの〉 油断すると
意外に深い 膝蓋の孔をすり抜け
路地裏の引きずる靴音
サンダル音を通り
無形ゆえにか
安心して
形ある一次文字を見下ろそうとするのだが
そんなものには たどりつかずに
ないのだからと またもほっとし
間抜けなのね、あなた 
と声も届かず ふと
追いつかなかった そちらに
父と娘だけは
なぜだか再会しておるのであり
背中の向こうに 清潔な枝
はらはらと 互い
見遣り 
かきあげる指など要らず風にまかすのだ




博士論文草稿       大野南淀

そうして
6月
だから7月
7回も周りに回って
つまり、球体が もう

大工が屋根の上で槌を高らかに振るうとき
屋根の下で少女が
(少女が?)
本の中に溺れまいと必死に
そう 必死に
泳いでいる そう
山の中の草の中に漂う牛のように
(ように?)
だから もはや男とも女とも馬とも蛙とも
屋根を見上げる その

女が言うだろう
ねえ 今日の夕飯は何を作ってくれるの?
その女の声を正確に複写する、男が
男が 400メートル先で言うだろう
ねえ 愛と呼ぶに値するなんて
なんて 固い 呼び方 なの
それをビスケットの練り方の方へ沈めるならば
ああ ならば あ
あ 日の出も日没も音がするんだね
ぴょん っていう 
音だっぴょーん
鉄のような (そう、ようにだ!)
激しい回復の槌音が
そう 全てはようにだ!
激しい激しい肯定の音は 誰かへの
いや 誰かの耳元へ (難解なサイン 通り過ぎるサイン)
届けられるとも知らず肯定され
全ての接続詞がふいに接続を欲することを中断する
その一瞬に
ふいに
労働の放棄と勉学の促進が
慟哭するように矛盾
微笑を湛えた皮肉
日曜の朝の調和
な わけ
など なく
「ねえ あ・な・た そこには愛が欠けているのよ」
「そうかい、君 ジプシーには、
曜日の感覚などないのだよ、もっとも僕には
昼夜が…」
――風が吹くと
――吹いた風が
ねえ そうして だから つまり ああ もう あ つまり なんて いや…
接続を欲する装置が接続そのものになってしまい
「草がとても おいおいと鳴くものだから」
       とっくに     カラフルに
「あなたが蹴り棄てたサンダルが」
              だけなのよ
       どこの国だろう?

風が吹くと そこには
「っていうか今ってー麺類麺類した麺類って麺類の
ちょー ってかんじー!」
とか覗き回る蕎麦屋が儲かるから
おれは おまえは あ
「したがいまして…
AはBの息子になりますから
BはAの娘たりえまして」
契約書で ピザ屋が 過去を捨てる
吹いた風が 追いかけてくる

追いかけてくるな
ちょー ちょー ちょー チョー ちょーちょちょー

スパイダーマンって何人だっけ?
一物が二つあるらしいぜ
そりゃ 玉に傷ってところだな
ふざけるな
重すぎるだろうが
「キューが玉に当たる角度なのよ あ…」

何べん言わせればいい 重すぎるだろうが

少女が全開の笑顔で女になるとき
何かがむしろ乾いている
いいや 誰かが どこかで 乾いている

――そこには? 誰かが? どこかで? 
「オウチニカエロウヨイエガナクテモ」
「モットモットモットモット」
「オトコクサイシワガレゴエ」

彼女は缶詰を
ゆっくり 開けた
缶切りで ゆっくり
ほとんど 優雅なまでに
開けて 中のニジマス
が 草むらに解き放たれてゆく
皿など気にしない 彼女 だ
缶は逆さに安定している






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